十牛図(授戒編)⑨
十牛図の九 返本還源(へんぽんかんげん)
牛も童子もいなくなった世界に、自然が輝き出します。
第九図には美しい自然が描かれています。本に返り、源に還った事を表した図になります。
時間も空間も超越し、万物が一体となったところ、すべてが帰っていくところが根源です。
そこには青い水、緑の山、紅い花など、ありのままの自然が広がっているだけです。
悟りにはかかわりなく、初めからあった自然なのです。
これまでの図は、人が悟りを得る為に努力する姿を表していました。
要するに、この「返本還源」の境地に達しようと修行をしてきたのです。
自然は昔からそこにあり、人が気づかなかっただけなのです。
また、自我を捨てた人が、この後の第十図で他人に巡り合う為の場が、この境地だという説もあります。
この段階ではもちろん煩悩は消えています。
それに分別さえなくしているのです。分別とは元は仏教用語で、心の働きをさします。眼や耳から入ってきたものを判断し、順位をつけたりするのが分別です。
ところが仏とは違い、人間の分別とは自分の欲に沿っている事がほとんどなのです。
そこで仏教では、「無分別の考えを持て」と教えます。
煩悩や分別をなくした純粋な人間は、自分は眼前に広がる自然の一部であり、自然と一体となっている事を感じ取れます。
そこには人間と人間、人間と自然などという比較する様な考え方はありません。
ただ、自然の世界がありのままに広がっているのです。
春、夏、秋、冬、季節は移り変わります。刻々と変化する姿の中にも、不変の真理が隠されていたのです。
森羅万象は、無常の姿のまま今も昔も悟りの世界を説き、語り続けているのです。
人は常に花を見、鳥の声を聞き、風を肌で感じてきたにもかかわらず、ありのままを観ることが出来なかったのです。
飾られた花にとって一番大切なものは花瓶の中の水です。
陰に隠れて見えないが、中の水によって花は生かされています。
昔から日本人は「おかげさまで、ありがとう」と陰に見えないもの、大自然のあらゆるものに感謝をしてきました。
感謝の心が合掌の姿に繋がるのです。
第九図は、何よりも戒弟の皆様が、入戒されて、尊い境地に達したお姿の表れといえるのです。